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福岡高等裁判所 昭和36年(う)431号 判決

被告人 松田清彦 外八名

主文

原判決中被告人松田清彦、同魚住一海、同稲葉直、同小林家信、同宗誠太、同小柳好雄、同渡辺満喜雄、及び同中山平三郎に関する部分を破棄する。

被告人松田清彦を懲役二年に、

被告人魚住一海を懲役一年十月に、

被告人稲葉直を懲役六月に、

被告人小林家信を懲役八月に、

被告人宗誠太を懲役六月に、

被告人小柳好雄を懲役二年に、

被告人渡辺満喜雄を懲役六月に、

被告人中山平三郎を懲役六月に、

各処する。

但し、本裁判確定の日から、被告人松田清彦、同魚住一海及び同小柳好雄に対しては各三年間、被告人稲葉直、同小林家信、同宗誠太、同渡辺満喜雄及び同中山平三郎に対しては各一年間、右各刑の執行を猶予する。押収にかゝる二号事件関係証第六号の出来高証明願同証明書三通中、昭和三十年十二月二十日附及び昭和三十一年一月十日附の判示各変造部分はいずれも没収する。

(訴訟費用の裁判省略)

被告人小柳好雄及び同松本是の本件各控訴は、いずれも棄却する。

理由

(一)、検察官の控訴趣意中事実誤認の主張について、

(1)、一号事件関係、

よつて記録を調査するに、原判決は、被告人松田、同魚住及び同稲葉に対する昭和三十二年八月二十七日附起訴状記載の公訴事実第三及び被告人小林及び同宗に対する前同公訴事実第四につき、いずれも無罪の言渡をなし、その理由として要するに、本件小切手二通は、被告人宗が春竹木材株式会社(以下単に春竹木材と略称する。)のため、これを現金化して隈府町外十一ヶ村土木財産教育組合(以下単に組合と略称する。)に納入すべく預り保管していたもので、その所有者は右春竹木材であるが、右公訴事実第三については、被告人松田、同魚住及び同稲葉にはいずれも不法領得の意思が存したとするには証拠不十分であり、同第四については、被告人小林において春竹木材社長池田重利の承諾を得た上被告人宗にその旨を告げて該金百万円を借り受けたものであるから、いずれも犯罪の証明がないことに帰する、としていること、正に所論のとおりである。しかし、株式会社肥後銀行南熊本支店長吉永栄太郎の昭和三十二年七月二十七日附照会事項回答書、押第十七号の楮畑、杉尾山林関係書類中昭和三十一年二月二十五日附売買契約書、同日附手形受取証及び宗誠太の領収書、原審第九回公判調書中証人池田重利の供述記載同第十回公判調書中証人山口久米次及び同姫野計の各供述記載、同第十八回公判調書中証人松田清彦の供述記載(被告人松田関係を除く。)、同第二十四回及び同第三十二回各公判調書中証人北村敦の供述記載、同第二十九回公判調書中証人宗誠太の供述記載(被告人宗関係を除く。)同第三十一回公判調書中証人稲葉直の供述記載(被告人稲葉関係を除く。)同第三十一回公判調書中証人小林家信の供述記載(被告人小林関係を除く。)、池田重利及び山口久米次の検察官に対する各供述調書、被告人松田の検察官に対する昭和三十二年八月十六日附及び同月二十二日附各供述調書、北村敦の検察官に対する同月二十七日附供述調書、被告人魚住の検察官に対する同月二十一日附及び同月二十六日附各供述調書、被告人稲葉の検察官に対する同月十六日附及び同月二十六日附各供述調書、被告人小林の検察官に対する同月十六日附及び同月二十日附各供述調書、被告人宗の検察官に対する同月十九日附及び同月二十六日附各供述調書等を総合すると、昭和三十一年二月二十二日春竹木材と組合との間で組合所有の本件山林につき正式に売買契約を締結することとなり組合事務所に春竹木材側は社長池田重利及び山口久米次並びに世話人たる被告人宗、組合側は組合長たる被告人松田、組合議会林務委員長たる被告人稲葉及び収入役たる北村敦等が相会したが、予め打合わせたところでは、春竹木材においては当日組合に対し代金千二百九十万円の内金五百万円を現金で支払い、残金七百九十万円については約束手形三通を差入るべきこととなつていたのに、当日現金五百万円の都合ができず、銀行からの融資が同月二十五日となる予定であつたため、振出日を同月二十五日とする額面金三百万円及び金二百万円の先日附小切手各一通を約旨に副う約束手形三通と共に持参し、右池田より小切手は同月二十五日には間違いなく現金化できる旨を告げてこれ等を組合側に差出したところ、北村敦は約束手形三通については直ちにこれを受領したけれども、小切手二通は、現金でなければ受領できないとして、ことさら受取ることを拒んだので、同月二十五日附をもつて売買契約書を作成し北村敦より同日附の約束手形受取証を作成交付すると共に被告人松田において原判決説示のような立場にある被告人宗に対し、右小切手二通を手交して同被告人においてこれを現金化するよう依頼し、同被告人はこれを引受けた上、池田重利の要求により組合代理として同被告人名義の同月二二日附小切手領収書を作成交付し、もつて右小切手二通を保管するに至つたこと、同月二十五日北村敦は被告人宗方に右小切手金の受領に赴き、先には受領を拒んだに拘らず額面金二百万円の小切手一通を受領してその後自ら現金化し、更に同月二十七日頃現金五十万円を被告人宗より受領したが、残金二百五十万円についてはその後被告人宗より入金がないのに同被告人又は春竹木材に対し何等請求した事跡が窺われないこと、及び春竹木材においては、現金五百万円を支払えば該山林を伐採してよいとの約旨にもとづき翌三月頃からその準備にかかりその翌四月には伐採し始めたのに、組合側においてはこれを認めて何等異議をさしはさんでいないこと等が認められ、これ等事実関係に徴すると、該小切手金が正式に組合の収納するところとなることは、春竹木材の当初から意図したことであるから、被告人宗は、一面においては春竹木材のため該小切手を現金化した上組合に納入すべき役目を引受けたことにもなろうけれども、実際上は、組合長たる被告人松田の依頼により組合のためこれを現金化することを引受けて該小切手を預り保管するに至つたものであるし、その後の春竹木材に対する組合の態度からしても結局該小切手二通は、組合において正式受領の手続は取らなかつたけれども、実質的には組合側に収受され、いわば組合の簿外金の如きものとなり、被告人宗は組合のためこれを現金化すべく保管していたものと認定するのが相当である。果してそうだとすると、右小切手二通は、既に春竹木材の手を離れて組合の所有に帰したものと解すべく、これを依然春竹木材の所有にかかるものとした原判決の判断は失当と断ぜざるを得ない。然して右証拠によると、被告人松田、同魚住及び同稲葉は相謀り、同月二十八日頃被告人宗が現金化して保管していた右小切手金三百万円中より被告人魚住が同松田のため立替え支払つた同被告人の詐欺等被告事件の弁護費用等百五十万円を流用補填しようと企て、被告人稲葉が被告人宗方にいたり同被告人に対しその旨を告げて右小切手金中より金百五十万円の交付方を要求し、被告人宗はその情を知り乍らこれを承諾して右小切手金中より金百五十万円を被告人稲葉に手交し、同被告人は直ちにこれを被告人魚住方に持参して同被告人に交付したことが明認されるのである。尤も右被告人等が被告人宗の保管する小切手金百五十万円を右のとおり流用するについては次のような事情があつた。即ち関係証拠によると、被告人松田は昭和三十年十月三十一日頃前記詐欺等の嫌疑により逮捕されたが、組合においてはその翌日頃菊池神社講堂に組合議会議員の緊急協議会が開かれ、その席上被告人松田は組合長としてなした業務執行行為につき刑事責任を問われようとするものであるから、その費用を同被告人個人に負担させることは気の毒である、当然組合において都合すべきである、との意見が出され、これに反対する者はなかつたこと、しかし差当り組合よりこれを支出する方法はなく、副組合長たる被告人魚住において金策の上これを立替え支弁し、その総額は約百七十万円となつたこと、その後組合議会総務委員会に対し被告人魚住等から非公式にしばしば右費用を予算化するよう申入れがあり、同委員会においては組合執行部に一任し適宜支出させ、後で何等かの名目を設けて予算化することにしたら、との意見も出たこと、このような経緯から、右立替金を早急に回収する必要に迫られた被告人魚住及び同稲葉からこれが支弁を求められた被告人松田は、前記小切手が被告人宗の手で現金化されている頃であり、未だ正式には組合への入金として取扱われていないのを奇貨とし、差当りその内金百五十万円を一時被告人魚住の右立替金の決済に充て、後で何等かの名目を設けて予算措置を講ずることにしようと考え、その旨被告人魚住及び同稲葉に告げたところ、同被告人等も異議なくこれに同調したので、結局被告人松田の旨を受けた被告人稲落が前認定のとおり、被告人宗方にいたり同被告人保管中の小切手金中より金百五十万円を被告人稲葉名義の預り証と引替に出金させた事情が窺われるのである。しかし、原判決認定のように、右菊池神社講堂における組合議会議員の協議会において、前記費用の支出につき組合執行部に一任する旨の申合がなされたものとまでは認め難く、又昭和三十一年二月頃の組合議会の総務委員会において、その時まで被告人魚住が立替えて来た費用は組合執行部において適宜支出すべき旨申合わされた事実も肯認できない。もとより組合議会の総会又は総務委員会において、これを組合の負担とし、その支出を組合執行部に一任すべき旨正式に決議された事実は全く存せず、元来かかる費用は正面から組合の予算に組み得ない性質のものであるので、前示のとおり被告人魚住及び同稲葉から早急に右立替金の支弁を求められた被告人松田においても、事情やむなく、出来れば後で何等かの名目を設けて予算措置を講じ辻褄を合わせることとして、差当り前記小切手金中より流用すべき旨決意するに至つたもので、前示の如き事情は事情として、右措置は結局、被告人松田及び被告人魚住、同稲葉等の専断的行為と言うを憚らず、このことは、右流用につき事前にも事後にも組合議会に諮り又は報告する等した事実が全くないことからも窺知できるところである。果してそうだとすると、前示の如き組合議会の議員協議会や総務委員会の動向は、情状として十分汲むべきものではあつても、これを以つて被告人等に不法領得の意思なきものとすべき事情とはなし難く、被告人等にはなお横領の認識があり、不法にこれを領得したものと断ずるのが相当である。そもそも、本件小切手金を組合の所有に帰したものと認定した上であれば格別、未だ組合の所有に移らず依然として春竹木材の所有に属するものと認定した原判決が春竹木材ならぬ組合議会内の動向等を理由として被告人等に不法領得の意思なしとしたこと自体矛盾というべきである。而して叙上認定したところによれば、前掲証拠により明らかな被告人小林が被告人宗にはかり、同被告人保管中の前示小切手金中より金百万円を擅に私用に流用した所為も亦横領罪に該ること多言を要しない。従つて原判決には叙上の諸点につき重大な事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるので、論旨は理由がある。

(2)、三号事件関係、

よつて記録を調査するに、原判決は、被告人小柳、同渡辺及び同中山に対する昭和三十二年十月十日附起訴状記載の公訴事実第三につき無罪の言渡をなし、その理由の要旨は、被告人中山は、本件約束手形四通を振出すに当つては、右手形金相当の工事代金一千万円につき既に小柳組より株式会社十八銀行に債権譲渡がなされ、是真会においてこれを承諾している事実に全く介意せず、本件手形振出行為が是真会にとつて二重払の危険を招来する任務違背行為たるの認識を有していたかどうか疑わしく、結局故意を肯認するに足る証拠がない、同被告人の共同正犯とされている被告人小柳及び同渡辺についても、同様犯罪の証明がない、というにあること、正に所論のとおりである。しかし原判決が措信できないとしている被告人中山の司法警察員(昭和三十二年九月二十六日附)及び検察官(同年十月二日附及び同月四日附)に対する各供述調書、原審第十五回公判(昭和三十四年十月二十一日)調書中証人中山平三郎の供述記載は、高原憲及び高原誠の検察官に対する各供述調書、原審における証人高原憲及び同山本誠に対する各尋問調書、原審第三回公判(昭和三十三年三月十一日)調書中証人高原誠の供述記載並びに当審における証人高原憲及び同高原誠各尋問の結果に照らし、且つ諸般の情況に徴すると、必ずしも措信できないものではなく、これ等によれば、被告人中山はもとより被告人渡辺も、工事代金の残額一千万円は既に前示十八銀行に債権譲渡されていて是真会としては小柳組に対し支払うべき工事代金は全然なくなつており、右一千万円につき新に約束手形を振出せば二重支払の危険を招くおそれがあることを認識していたこと、然るに被告人中山は吉村仁から原判決指摘のような勧説を受け、小柳組がまさか二重払いをさせるようなことはしまいと軽信して額面金合計一千万円の本件約束手形四通を振出し交付したことが認められる。右認定に反する原判決摘示の被告人渡辺及び吉村仁の各供述こそ却つて信を措き難い。果してそうだとすると、被告人中山につき背任の故意を認めるに足る証拠がない。とした原判決は、結局証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものというべきである。又原審で取調べた関係証拠によれば、被告人小柳は右債権譲渡の事実を十分了知しており乍ら、被告人渡辺に命じて被告人中山に対し背任行為となるべき本件約束手形の振出を要求せしめ、結局これを振出させたものであることが明らかであるので、同被告人も被告人渡辺と共に被告人中山の本件背任行為につき共同正犯の責を免れることはできずこれを犯罪の証明なしとした原判決は、被告人小柳及び同渡辺についても事実を誤認したものというべきである。而して以上の各事実の誤認はいずれも判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるので、論旨は理由がある。

(3)、五号事件関係、

記録によつて按ずるに、原判決は被告人松田に対する昭和三十年十一月二十日附及び被告人小林に対する同月二十八日附各起訴状記載の公訴事実につき無罪の言渡をなし、その理由の骨子とするところは、右被告人等に欺罔の意思が存したとは認められない、というにあること正に所論のとおりである。なる程原審で取調べた関係証拠によると、被告人小林は、隈府町がいわゆる町有林を高畑末登等に売却した際その仲介をなし、高畑等に対し町有林と学校林との境界を第一タンゴ附近と指示してそのほぼ北東部を高畑等の買受けた町有林としており、又昭和二十八年七月頃菊池営林署係員が交換準備の為現地につき測量した際にもこれに立会い学校林との境界を右同所と指示したこと、従来隈府町方面では町有林は杉、学校林は檜との観念があつたようであること。及びかつて隈府町から右町有林及び学校林の管理を委嘱されていた井上一枝も同町吏員佐藤猪之八からいわゆる第一タンゴを以つて右境界だと指示された旨供述していることは、概ね原判決認定のとおりである。しかし、被告人小林が昭和二十五年五月十七日当時の隈府町財産委員高木仁三郎から第一タンゴ附近の雑木林を見通す線を町有林と学校林との境界として指示されて高畑等の買受けた山林の引渡を受けたとする事実は、専ら同被告人が主張し、僅かに原審証人北川勝次だけがこれに副う供述をしているところであるが、右は原審及び当審証人高木直人、原審証人高木仁三郎、同松野齊、同城逸次、同菊池博、同松岡到等の各尋問調書等に照らし俄かに措信し難く、むしろ高木仁三郎は第二タンゴ附近を右境界と聞いていたようではあるが正確な認識はなく殊更第一タンゴ附近をこれが境界と指示する筈はないと思われる。尤も、被告人小林が町有林と学校林との境界を故意に第一タンゴ附近としたとする事情は証拠上明らかでなく、この点に関する所論には賛同できない。ただ組合においては、従来から、その所有山林を処理するにつき、公簿上の面積によらず、すべて実測面積によつていたこと、従つて前示町有林及び学校林を隈府町に無償譲渡するに当つても勿論実測面積によつてしたものであることが記録上明らかである。而して被告人松田の検察官に対する昭和三十年十一月一日附、同月五日附、同月七日附、同月十六日附、同月十七日附及び同月二十日附各供述調書及び岩崎覚の検察官に対する同月二十七日附同年十二月六日附、同月十日附及び同月十六日附各供述調書は、諸般の情況に鑑みむしろ措信するに足るものと認められるところ、右証拠及び被告人小林の検察官に対する同月十九日附、同月二十一日附二通及び同月二十五日附各供述調書によると、被告人松田及び同小林は、昭和二十八年七月頃菊池営林署係員が交換準備のため本件山林を測量した結果、右被告人等の従来から知るところでは、町有林は実測面積四十三町四反五畝十三歩であるべき筈のところ六十四町六反五畝十三歩もあることが判明したので、恐らく学校林に二十一歩余喰い込んでいるのではないかとの疑を抱くにいたつたこと、しかるに被告人松田は、早急に国有林との交換を実現する必要があつたこと等のため、この点につき何等調査等なすこともなく、右疑を抱いたまま敢て交換申請をなし、よつて公訴事実のとおり国有林との交換を実現せしめるにいたつたことが認められるので、被告人松田には、少くとも公訴事実記載の欺罔の未必的認識があつたものと断ぜざるを得ない。従つて原判決が被告人松田及び岩崎覚の検察官に対する前示各供述調書中この点に関する各供述部分を措信できないものとして被告人松田に欺罔の意思が認められないとしている点には俄かに左袒できない。尤も被告人小林は、右交換申請にはその立場になかつたので何等拘わるところなく、右は専ら被告人松田の所為によるものであることが記録上明らかであるので、被告人小林につき被告人松田の前示欺罔行為につき共同正犯の責ありとするのは無理であり、ただ被告人松田の検察官に対する前示昭和三十年十一月二十九日附供述調書によると、被告人小林は少くとも被告人松田の右欺罔行為を幇助した事実が窺われるので、これが幇助罪の罪責はこれを免れることはできない。被告人小林は検察官に対する前示各供述調書においてこれを否定しているけれども措信できない。果してそうだとすると、原判決は、結局証拠の価値判断を誤り、延いて事実を誤認したもので、その誤認は判決に影響を及ぼすべきこと明らかであるから、論旨も理由がある。

(二)、中山弁護人の控訴趣意(被告人小柳関係)について。

所論の第一は、被告人小柳に対する昭和三十二年十月十日附起訴状記載の公訴事実第三につき、原判決の事実誤認を主張するものであるが、該事実については、原判決は、被告人小柳に対し、犯罪の証明なしとして無罪の言渡をしていること記録上明らかであるので適法な控訴理由とならないこと論を俟たない。

よつて所論の第二につき按ずるに、論旨は、原判示三号事件関係第三事実につき事実誤認を主張するものであるが、原判決挙示の関係証拠を総合すると、原判示のとおりの事実を肯認するに十分である。殊に右証拠中橋口英一の司法警察員(三通)及び検察官に対する各供述調書によれば、商工組合中央金庫長崎支所長は、原判示のとおり欺罔され、その旨誤信した結果本件融資をなすにいたつたものであることが明らかである。而して被告人小柳において、たとえ所論のとおり他の工事代金債権をもつて株式会社十八銀行に対し債権譲渡していた是真会に対する東望療養所の本件工事代金一千万円と振替える予定にしていたとしても、本件当時未だその振替はなされておらず、依然債権譲渡されたままであつたのに、これを秘し、小柳組が是真会に対しなお一千万円の工事代金債権を有し、本件約束手形四通はその支払方法として振出されたものの如く装い、これを担保に差入れしめた上小柳組へ転貸するものとの条件の下に金一千万円融資の申込をなさしめたものであることが前示証拠上明らかであるから、被告人小柳に欺罔の意思があつたとするに十分である従つて被告人小柳の本件所為は詐欺罪を構成すること明らかであるので、原判決が挙示の関係証拠により同判示三号事件関係第三のとおりの事実を認定したのは相当であり、所論のような事実の誤認は存しない。論旨は理由なく採用できない。

(三)、荒木弁護人及び被告人松本の各控訴趣意について。

(1)、同控訴趣意中事実誤認の主張について。

論旨は要するに、原判示五号事件第三の(一)の事実につき、被告人松本は原審相被告人高畑末登に対し同判示のような特別の便宜を計つてやつたことはなく、もとよりその謝礼の趣旨の下に同人から同判示宅地建物を贈与され、被告人松本がその情を知つてこれを収受したとする事実もない。右宅地は被告人松本が自ら買受けたものであり、建物も同被告人自身で畑中建設と契約して建築したもので、右高畑はその間を単に斡旋しただけであり、それ等の代金も退職金を以つて弁済する約束の下に一時右高畑から立替払いをして貰つたに過ぎず、右高畑にも被告人松本にも、もともと贈収賄の意思など全然なかつた、といい、同第三の(二)の各事実につき、本件各饗応は被告人松本の同判示職務に関する賄賂ではなく、通常行われる社交上の儀礼としての接待に過ぎない、というのである。

よつて記録及び原審で取調べた証拠を調査するに、原判決挙示の各関係証拠をそれぞれ総合すると、原判示五号事件第三の(一)、(二)のとおりの各事実を優に肯認することができる。従つて原判決が挙示の各関係証拠により同判示五号事件第三の(一)、(二)のとおり認定したのは相当であり、所論のような事実の誤認は存せず、又原判決の証拠の取捨判断にも何等失当の廉ありとは思われない。論旨は理由がない。

(2)、同控訴趣意中法令適用の誤りの主張について、

論旨は要するに、原判決は、被告人松本から熊本県菊池市大字亘五十八番の六宅地二十六坪一勺及び同所三百三十五番の三宅地五十四坪を没収することゝしているが、右宅地はいずれも本件当時畑地であつたのを被告人松本が事後において原状を変更し、現在のように囲障、門口、庭園その他を造成しているので、今日これを畑地の原状に分割処理することは不可能である。従つてこれ等を没収することはできず、当時の価額を追徴することゝするのが相当であるに拘らず、原判決がその挙に出でなかつたのは失当である、というのである。

よつて按ずるに、千田篤の検察官に対する供述調書、被告人松本の検察官に対する昭和三十年十一月十二日附供述調書、原審における証人水上渉及び同井上強に対する各尋問調書及び原審における受命裁判官の検証調書(昭和三十一年二月二十五日施行)等によると被告人松本は、高畑末登より本件宅地建物を貰い受けた以後において、自ら門柱横の煉瓦塀の一部、外廻りの石垣(宅地の高さより上に築き上げた部分)及び庭のくゞり戸を築造し、又庭木、庭石を入れて庭園を造成したことが認められる。しかし原判決が没収することゝしているのは、右庭園等まで含めた現在の状態における本件宅地とする趣旨ではないと考える。けだし、庭園等が造成附加されていても、本件宅地そのものは没収できない程度に加工変更されているものとは認められないので、なお没収し得べき状態にあり、当然これを没収すべきであるが、刑法第百九十七条の五(本件当時は第百九十七条の四)の法意上、犯人が収受した利益を超えて没収すべきでないところから、少くとも相当の価値を有し、宅地そのものより分難して移動することもさして困難でない右庭木、庭石の如きはこれを除外して本件宅地を没収することゝしたものと解される。尤も右庭木、庭石を除いたゞけではなお前示門柱横の煉瓦塀の一部、外廻りの石垣及び庭のくぐり戸が残り、被告人松本が収受した利益以上を没収することになるけれども、これを宅地そのものより分離するとすれば殆んどその効用を失い、分離して別に処分する必要がある程度の経済的価値あるものとは認め難いので、これ等を附加して一体となつた本件宅地を没収することゝしても、前記法条の趣旨にもとる違法な措置とはなし難い。果してそうだとすると、原判決が被告人松本から本件宅地二筆を没収することゝしているのは違法とするに当らず、法令の誤用とはならないので、論旨は理由がないなお所論中には量刑不当を主張する部分も存するが、諸般の情況に照らすと、原判決の被告人松本に対する刑の量定はむしろ相当であると思われるので、とるを得ない。

よつて、被告人小柳及び同松本の本件各控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条によりいずれも棄却することとし、検察官の控訴は理由があるので、量刑不当の論旨に対する判断を省略し同法第三百九十七条第一項、第三百八十二条により原判決中被告人松田、同魚住、同稲葉、同小林、同宗、同小柳、同渡辺及び同中山に関する部分を破棄し、同法第四百条但書にもとづき、更に判決する。

当裁判所が認定する罪となるべき事実は、左記の外被告人松田、同魚住及び同小柳に関し原判決が認定している各関係事実のとおりであり、これに対する証拠も原判決が掲げている各関係証拠のとおりであるから、いずれも引用する。

一号事件関係

第三、被告人松田、同魚住及び同稲葉は、前記組合が昭和三十一年二月二十二日熊本県菊池郡水源村大字原字伊之浦五千十八番の一の右組合所有山林中五十町歩の土地並びに立木を春竹木材株式会社に売却し、同会社々長池田重利よりその代金として同組合に支払われた同会社々長池田重利振出、株式会社肥後銀行南熊本支店支払、同月二十五日附額面金三百万円及び金二百万円の小切手各一通を被告人松田より被告人宗に現金化するよう依頼し、同被告人が同月二十五日頃右額面金三百万円の小切手一通を現金化し同組合のため保管しているのを奇貨とし、右金員中より被告人魚住がこれより先被告人松田のため立替支払つていた同被告人の詐欺等被告事件の弁護費用等の内金百五十万円を補填しようと企て共謀の上、同月二十八日頃同郡菊池町大字隈府二百三十四番地の被告人宗方において、被告人稲葉より同宗に対し右事情を告げて金百五十万円の交付方を要求し、被告人宗は同松田等が擅にこれを流用しようとしているものであることの情を知り乍らこれを承諾し、即時同所で同組合のため保管中の現金百五十万円を被告人稲葉に交付し、同被告人は同日頃同町大字隈府二百九十四番の被告人魚住方においてこれを同被告人に手交し、以つて右金員を横領し、

第四、被告人小林及び同宗は、前記のとおり被告人宗が右組合のため保管している現金中百万円を被告人小林及び同魚住の共同経営にかかる木材業の経費に充てようと企て共謀の上、昭和三十一年二月二十五日頃前記被告人宗方において前記のとおり同被告人が右組合のため保管している現金中金百万円を擅に被告人小林に手交し、以つてこれを横領し、

三号事件関係

第四、被告人渡辺満喜雄は、昭和二十七年頃より株式会社小柳組に勤務し、昭和二十九年頃より同組経理主任をしていた者、被告人中山平三郎は、昭和二十五年二月一日より長崎市銀屋町五十六番地社団法人是真会の事務長(昭和二十六年十二月からは同会理事を兼務)として同会の経理事務を掌理していた者であるが、右是真会は、昭和三十年九月頃東望療養所建築工事を金二千三百万円で右小柳組に請負わせ、その工事代金として、昭和三十年十月三十一日金五百万円、昭和三十一年二月二十九日金二百八十三万円、同年三月三十一日金百七十七万円、同年四月三十日金百九十万円、同年五月三十一日金百五十万円をそれぞれ小柳組に支払い、且つ同年三月下旬頃小柳組が右工事代金中一千万円につき、その債権を株式会社十八銀行に譲渡したのに対しこれを承認したので、是真会としては同年五月三十一日現在において小柳組に対し何等の債務を有せず、従つて工事代金支払のために手形振出などなし得ない状況にあつたのに、被告人小柳は、小柳組の資金難を緩和するため、同日、被告人渡辺をして被告人中山に対し、工事代金中すでに十八銀行に債権譲渡した右一千万円相当の是真会代表者高原憲名義の約束手形振出方を依頼せしめ、ここに被告人小柳、同渡辺及び同中山は順次共謀の上、右是真会において、小柳組の利益をはかる目的で被告人中山の任務に背き、同被告人が是真会代表者高原憲及び高原憲両名振出名義の、支払期日昭和三十一年十二月三十日額面金二百万円、支払期日昭和三十二年三月三十日額面金二百万円、支払期日同年九月三十日額面金三百万円及び支払期日同年十二月三十日額面金三百万円の約束手形各一通を前記工事代金支払名下に振出して被告人渡辺に手交し、よつて是真会に同額の損害を加え、

五号事件関係

第四、被告人松田(前記組合組合長)は、先に組合が隈府町に無償譲渡し、隈府町から高畑末登等に売渡していた熊本県菊池郡水源村大字原字楮畑五千二十一番、同大字字市成五千二十二番の内実測面積四十三町四反五畝十三歩の山林(町有林と呼ばれていた。)が公簿上依然として組合所有名義であつたのを奇貨とし、これを組合買戻して国有林との交換をはかることとしたが昭和二十八年七月頃菊池営林署係員が交換準備のため測量したところ、高畑等が隈府町から買受けたとしていた山林部分の実測面積は六十四町六反五畝十三歩あることが判明したので、前示実測面積四十三町四反五畝十三歩より超過する部分に当る二十一町二反歩は、右山林と同時に組合より隈府町に譲渡した同町所有の隣接山林(学校林と呼ばれていたもの。)の一部ではないかとの疑を持つたが、同年十一月二十七日同郡隈府町所在菊池営林署において敢て右六十四町六反五畝十三歩の山林全部が組合所有であるかのように装い国有林との交換申請書を提出してその旨の申請をなし、同署々長よりこれを熊本営林局長浅田重恭宛進達させて同局長を欺罔し、その旨誤信した同局長より昭和二十九年四月三十日頃前記営林署内において右山林と交換に農林省所管の国有林である同郡水源村大字原字楮畑五千二十一番の二山林二十六町六反七畝一歩(時価三千六百三十五万二百二十五円相当)の譲渡を受け以つてこれを騙取し、

第五、被告人小林は木材業を営む者で、隈府町が前記実測面積四十三町四反五畝十三歩の山林(町有林)を高畑等に売却するに当りこれが仲介をなしたものであるが、組合がこれを買戻すこととして国有林との交換申請をなすに当り、被告人松田から、前示のとおり高畑等が隈府町から買受けたとしていた部分は実測面積六十四反六畝十三歩もあることが判明した直後頃、組合事務所において、これを疑問として糾されたのに対し、「面積はどうあろうと引渡を受けたつだから一向かまわん」旨申向け、もつて同被告人をして右六十四町六反五畝十三歩の山林全部を恰かも組合所有の如く装つて国有林との交換申請をなすべく決意するにいたらしめて同被告人の前記騙取行為を幇助し、

たものである。

右の事実は、

証拠(略)

右被告人等の判示所為を法律に照すと、被告人松田清彦の所為中一号事件関係第一及び第二の点は、いずれも刑法第二百五十三条、第六十条、第六十五条第一項、第二項、第二百五十二条第一項に、同第三の点は、同法第二百五十二条第一項、第六十条、第六十五条第一項に、五号事件関係第二の点は、いずれも同法第百九十八条第一項、第百九十七条第一項前段(懲役刑選択)に、同第四の点は、同法第二百四十六条第一項に、各該当するが、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第四十七条本文、第十条により最も重いと認める五号事件関係第四の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で同被告人を懲役二年に処することとし、被告人魚住一海の所為中一号事件関係第三の点は、同法第二百五十二条第一項第六十条、第六十五条第一項に、二号事件関係第一の点は、いずれも同法第二百四十七条、第六十条(懲役刑選択)に、同第三の(一)のうち有印虚偽公文書作成の点は、同法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、同行使の点は、同法第百五十八条第一項、第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、同第四の(一)の点は同法第二百二十二条第一項(懲役刑選択)に、同(二)の点は、同法第二百六十一条(懲役刑選択)に、三号事件関係第二の点は、同法第百九十七条第一項後段に、各該当し、有印虚偽公文書作成と同行使との間には互に手段結果の関係があるから、同法第五十四条第一項後段、第十条により犯情の重いと認める同行使罪の刑によるべく、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第四十七条本文、第十条により最も重いと認める有印虚偽公文書行使罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で同被告人を懲役一年十月に処することとし、被告人稲葉直の所為は、同法第二百五十二条第一項、第六十条、第六十五条第一項に該当するので、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処することとし、被告人小林家信の所為中一号事件関係第四の点は、同法第二百五十二条第一項、第六十条、第六十五条第一項に、五号事件関係第五の点は、同法第二百四十六条第一項、第六十二条に各該当し、右詐欺幇助罪については同法第六十三条、第六十八条第三号により法律上の減軽をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第四十七条本文、第十条により犯情の重いと認める横領罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で同被告人を懲役八月に処することとし、被告人宗誠太の所為は、同法第二百五十二条第一項、第六十条に該当するので、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処することとし、被告人小柳好雄の所為中二号事件関係第一の点は、いずれも同法第二百四十七条、第六十条、第六十五条第一項(懲役刑選択)に、同第二の(一)、(二)のうち有印公文書変造の点は、各同法第百五十五条第二項第一項、第六十条に、同行使の点は、各同法第百五十八条第一項、第百五十五条第二項第一項、第六十条に、詐欺の点は各同法第二百四十六条第二項第一項、第六十条に、同第三の(一)のうち有印虚偽公文書作成の点は、同法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、同行使の点は、同法第百五十八条第一項、第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、三号事件関係第一の点は、同法第二百四十六条第二項、第一項に、同第四の点は、同法第二百四十七条、第六十条、第六十五条第一項(懲役刑選択)に、四号事件関係第一の点は、いずれも同法第百九十八条第一項、第百九十七条第一項前段(懲役刑選択)に、各該当し、右二号事件関係第二の(一)(二)及び第三の有印公文書変造ないし有印虚偽公文書作成とその各行使及び詐欺(右第二の(二)の(1)の詐欺を除く。)との間には互に手段結果の関係があるので、同法第五十四条第一項後段、第十条により犯情の最も重いと認める右各行使罪の刑によるべく、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第四十七条本文、第十条により結局最も重いと認める二号事件関係第二の(一)の変造有印公文書行使罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で同被告人を懲役二年に処することとし、被告人渡辺満喜雄及び同中山平三郎の所為は、同法第二百四十七条、第六十条(被告人渡辺満喜雄については更に同法第六十五条第一項)に該当するので、所定刑中各懲役刑を選択して右被告人両名を各懲役六月に処することとし、情状により叙上各刑の執行を猶予するを相当と認めるから、同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から被告人松田清彦、同魚住一海及び同小柳好雄に対しては各三年間、爾余の被告人等に対しては各一年間、いずれも右各刑の執行を猶予すべく、押収にかかる二号事件関係証第六号の出来高証明願同証明書三通中昭和三十年十二月二十日附及び昭和三十一年一月十日附の判示各変造部分は判示各行使罪の組成物件で何人の所有も許さないものであるから、刑法第十九条第一項第一号、第二項本文によりこれを没収することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用し主文第五項のとおり定めることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 青木亮忠 木下春雄 内田八朔)

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